生成AIの利用コストにはサービスの利用料の他に電力コストも存在する。生成AIを活用する上で考慮すべき電力問題と解決策について解説する。
この記事は会員限定です。会員登録すると全てご覧いただけます。
AIやデータ分析の分野では、毎日のように新しい技術やサービスが登場している。その中にはビジネスに役立つものも、根底をひっくり返すほどのものも存在する。本連載では、ITサービス企業・日本TCSの「AIラボ」で所長を務める三澤瑠花氏が、データ分析や生成AIの分野で注目されている最新論文や企業発表をビジネス視点から紹介する。
日本総合研究所の最新レポートによれば、生成AIの利用(推論)1件当たりの電力消費はGoogle検索の約10倍に相当する1〜10Whです。少量利用では問題なくとも、企業全体での大規模展開時には、電力コストと環境負荷の両面で無視できない影響をもたらす可能性があります。
特に深刻なのは、この問題がデータセンターや電力供給という企業の管理外の領域にまで及ぶ点です。生成AI導入の「見えないコスト」が、事業継続や環境目標の達成に予想以上の影響を与える可能性があります。
Allen Institute for AIの研究によれば、深層学習の計算要件は2012年から2018年の間に30万倍に増加しました。AIモデルの開発(学習)時の電力消費量はさらに莫大で、GPT-4クラスのモデル学習には約720万kWhもの電力が必要とされています。
ローレンス・バークレー国立研究所の最新報告によれば、米国のデータセンター電力使用量は2018年の約76TWhから2023年には176TWh(米国総電力消費の4.4%)に急増しています。2028年の予測では最大で580TWh(同12.0%)に達する可能性があるというのです。これは、米国の電力インフラにかつてない負荷をかけています。
米国のクラウド大手各社は、この未曾有の電力危機に対して、従来の電力調達の常識を覆す大胆な戦略を打ち出しています。
Microsoftは2024年、かつて原子力事故で知られるスリーマイル島の健全な原子炉を再稼働させ、その電力を購入する契約を締結しました。同様にAmazonも閉鎖の危機にあった原子力発電所からの電力購入契約を結んでいます。
さらに驚くべきはGoogleの戦略です。Googleは工場生産型の小型モジュール原子炉(SMR)を発注しました。これらはデータセンターの電力需要が従来の発想では対応し切れなくなっていることを示しています。
Googleの環境報告書2024では、「2030年までに温室効果ガス排出実質ゼロ」という目標の達成が、AIの急速な需要増のため「重大な不確実性」に直面していると表明しています(日本総研レポート5ページ)。
日本の状況は米国よりもさらに複雑です。経済産業省と総務省の「デジタルインフラ(DC等)整備に関する有識者会合」の報告書が指摘するように、日本は以下の二重の課題に直面しています。
経済産業省と総務省は「デジタルインフラ(DC等)整備に関する有識者会合」を通じて、以下の方針を示しています。
この状況を踏まえ、企業はどのような対応をすべきでしょうか。独自調査と業界事例を基に、以下のような実践的アプローチが考えられます。
特にリアルタイム性が重要で大量データ転送が不要な用途では、エッジデバイスでの処理が電力効率に優れています。将来的には部門やプロジェクトごとにAI利用の環境影響を可視化し、社内での意識向上と改善を促進することになるかもしれません。
生成AIの電力消費は、単なる環境問題ではなく、企業の競争力と事業継続に直結する戦略課題となっています。AIモデルの電力消費の増分に見合った価値が得られている限りは社会的に許容範囲ですが、今後の普及次第では消費量が桁違いに増える恐れがあり、従来型との使い分けが必要になる可能性があります。
企業は、この「見えない電力危機」を認識し、軽量モデルの採用やRAG技術の活用など、具体的な対応策を講じることが求められます。世界的なAI革命の中で、電力効率を考慮したAI導入戦略の成否が、今後の企業競争力を大きく左右するでしょう。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.