MCPはビジネスをどう変えるか “連携”がAI活用においてどのくらいネックになっているかAIビジネスのプロ 三澤博士がチェック 今週の注目論文

「MCP」(Model Context Protocol)が注目を集めている。企業内に分散したデータやツールとAIモデルをシームレスに接続し、AIの実用価値を劇的に高める可能性を秘めるこの新技術をどのように評価し、戦略に組み込むべきか。

» 2025年05月14日 10時00分 公開
[三澤瑠花日本タタ・コンサルタンシー・サービシズ]

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この連載について

AIやデータ分析の分野では、毎日のように新しい技術やサービスが登場している。その中にはビジネスに役立つものも、根底をひっくり返すほどのものも存在する。本連載では、ITサービス企業・日本TCSの「AIラボ」で所長を務める三澤瑠花氏が、データ分析や生成AIの分野で注目されている最新論文や企業発表をビジネス視点から紹介する。

 企業のAI活用が進む中、「MCP」(Model Context Protocol)という新たなオープンスタンダードが注目を集めています。この技術は2024年11月にAnthropicが開発し、2025年に入りMicrosoftやGoogleなど主要クラウドベンダーが続々と対応を表明しました。企業内に分散したデータやツールとAIモデルをシームレスに接続し、AIの実用価値を劇的に高める可能性を秘めています。この新技術をどのように評価し、戦略に組み込むべきでしょうか。

 「生成AIが導入できない理由は何ですか?」

 この問いにCIO(最高情報責任者)やIT責任者が最も多く挙げるのが「既存システムとの統合の難しさ」です。生成AIの導入においては、データの統合や最も大きな課題の一つとして挙げられています。これは単なる技術的課題ではなく、企業のデータやナレッジがさまざまなシステムに分断され、AIがそれらにアクセスできない「情報のサイロ化」の問題です。

 MCPはこの課題に取り組む一つのオープンスタンダードです。MCPは企業のあらゆるデータソースやツールとAIモデルを標準化されたインタフェースで接続し、企業固有のコンテキストを理解した上で、AIが行動することを可能にします。

 「MCPはAIのためのUSB-Cと呼ばれています」と元Googleのアディ・オスマニ氏は説明します。従来はシステムごとに独自の統合が必要でしたが、MCPによって1つの標準プロトコルで多様なシステムと接続できるようになりました。

 従来のAPI統合ではN個のAIモデルとM個のツール・データソースを接続するために、N×M個の個別統合が必要でした(N×M問題: ここではNは大規模言語モデル、Mはツールやシステム)。この複雑さがシステムでの生成AI導入プロジェクトの大きな障壁の一つとなっています。それが、各ツールやデータソースはMCPサーバを実装するだけで全てのAIモデルと接続可能になります。図1はMCPの概念図です。

photo 図1 単純化した従来のAPI統合とMCPの比較(Salesforce「Anthropicのモデル・コンテキスト・プロトコル:加速する市場における『AI向けODBC』の構築」より)

 Microsoftは「Copilot Studio」でのMCP対応を2025年3月に発表しました。Googleも「Vertex AI」でのサポートを4月から開始しています。MCPはオープンソースとして公開されているため、「GitHub」「Google Drive」「Slack」「PostgreSQL」など主要サービス向けのMCPサーバが急速に開発されています。「modelcontextprotocol.io」では、これらのオープンソース実装が誰でも利用可能となっています。

 注目すべきは、MCPがAIの「コンテキスト」問題を解決する点です。MCPサーバは単にデータやツールへのアクセスを提供するだけでなく、そのデータの構造や意味、関連性についての情報も提供できます。これにより生成AIの回答精度や関連性が大幅に向上することが期待されています。

 具体的な活用例も出始めています。「Square」の決済システムで知られる米金融大手Blockは、MCPを活用したコードレビューシステム「Goose」を構築して一般公開しました。これはエンジニアの生産性を向上させます。このシステムではMCPを通じてGitHub、社内コーディング標準、過去のレビュー履歴にアクセスし、コンテキストを踏まえたレビューが可能になります。

 日本でも複数の大手企業がMCPの実証実験を開始しています。特に金融、製造、小売りなどの業種で、既存データとAIの統合基盤として活用が進められています。

 MCPの導入障壁は比較的低いです。既存のデータソースやツールに対してMCPサーバを構築するだけで良く、現行システムの大規模な変更は不要です。

 一方で課題もあります。データセキュリティとプライバシーの懸念は依然として大きく、MCPサーバの適切な認証認可メカニズムの実装が重要です。また、MCPはあくまでプロトコルであり、企業データの品質や構造化自体は改善しない点は留意する必要があります。

三澤の“目” 生成AIの真価を引き出す鍵

 MCPは企業のAI活用における「接続性の革命」をもたらす可能性を秘めています。これまで分断されていた企業データとAI機能を統合することで、生成AIの真の価値を引き出す鍵となるかもしれません。MCPのような統合技術を導入することにより、生成AI投資のROIを向上させることが可能ともいわれています。MCPを単なる技術的な進化ではなく、企業のAI戦略全体を見直す契機と捉え、早期の実証実験と戦略的な導入計画の検討を始めるのが良いかもしれません。特に既存のAI投資からの価値創出に苦戦している企業にとって、MCPは投資対効果を高める重要な選択肢となるでしょう。

著者紹介 三澤瑠花(日本タタ・コンサルタンシー・サービシズ)

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AIセンターオブエクセレンス本部 AIラボ ヘッド

日本女子大学卒業、東京学芸大学大学院修士課程修了(天文学) フランス国立科学研究センター・トゥールーズ第3大学大学院 博士課程修了(宇宙物理学)。

2016年入社。「AIラボ」のトップとして、顧客向けにAIモデルの開発や保守、コンサルティングなどを担当している。

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